淡路のだんじりは各地に普及

 

寛保3年(1743)頃からだんじりは大型化し、舞台付のだんじりが造られて、浄瑠璃入りで演芸などが取り入れられた。

 江戸時代の後半からは庶民の生活も豊かになり生活にゆとりができ、祭りも信仰から娯楽へと変ってきた。形も各地で特色あるものに変り、初期の頃は船に幕を張り幟を立てた飾り船から始まり、屋台に彫刻や刺繍などを取り入れた豪華絢爛なものに変遷していった。この頃から、だんじりが全島的に造られるようになってくる。

 現在のような大型で真っ赤な五重のふとん壇尻が造られるようになったのは、明治23年頃からで、島内各地では競ってだんじり造りが行われた。

 更に、彫刻・金綱・水引・提灯などが年を追って豪華なものに変っていった。

 

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